ノスタルジックで心に残る街並み、建築物、飲食店…。
真のレガシーを求めて、今日も裏路地を歩く。
懐かしくて心惹かれる、うるわしの東京アーカイブズ。
ばとう@上野
僕の妻は派遣社員で、毎朝、満員電車に乗って出社する。
僕も妻と一緒に駅まで歩くということを結婚以来ずっと続けている。
2014年に北上野に引っ越したのだけれど、妻の通勤する駅は、大江戸線の新御徒町駅だった。
派遣社員なので、会社が変わると、最寄り駅も変わる。
それから銀座線の稲荷町駅やJRの上野駅から通勤することもあったが、最終的にはJR鶯谷駅から電車に乗ることが多くなった。
考えてみれば北上野はいろいろな駅が徒歩圏内だ。
で、鶯谷駅へ行く途中に必ずそばを通っていたのが「ばとう」という立ち食いのおそば屋さんだ。
毎朝、上の写真の横断歩道を渡り、左側の道を行き、鶯谷駅まで歩いた。
最初の頃、「ばとう」の前を通り過ぎるときに店内からの視線を感じた。
最初は怖くてよく見なかったけれど、そのうち中にいる人の顔がわかるようになった。
白い髭をのばした初老の男性だった。
店の人だろうか、眼光が鋭い。
家から近所ということもあり、ほどなくランチ時にうかがった。
食券を買うタイプのお店だった。
ご主人がワンオペで切り盛りされているようだ。
外から見ていた時は眼光鋭いオヤジさんに見えたが、店内で見るとやさしいオヤジさんという感じだった。
食券を渡すと、調理にとりかかる。
天ぷらそばをいただいた。立ち食いの割にはしっかりしたおダシにおそばだった。
生玉子は無料で提供されていた。
「ばとう」に行った頃、『立ち食いそば図鑑 ディープ東京編』というムック本へコラム執筆を依頼された。
このムックはライターの本橋隆司さんが文章を書き、カメラマンの安藤青太さんが写真を撮っているもので、第一弾が『立ち食いそば図鑑 東京編』だった。
これにもコラムを書かせてもらったのだが、第一弾は僕も知っている有名な立ち食いそばの店が取り上げられていた。
第二弾の東京ディープ編は一般にはあまり知られていない店が取り上げられていた。
いずれにしても両方とも立ち食いそばに対する愛にあふれるいいムック本だ。
ディープ東京編の見本誌が送られてきて、パラパラと見ていると「ばとう」が掲載されていたのだ。
オヤジさんの写真が掲載されているではないか。
このオヤジさん、かつては警視庁の食堂で働いていたそうだ。3年前に普通のおそば屋さんから立ち食いそば店になったと書かれていた。
僕が住んでいる1階には町中華があった。
不動産屋さんからこのビルへ案内され、1階の町中華を見て、僕はここに住みたいと思った。
で、1階の町中華の大将にこのディープ東京編を見せた。
僕が書いたコラムよりも「ばとう」が掲載されていたことに興奮気味の大将。
「今、オヤジは店に泊まっているけど、昔はそんなことなかったんだよ。奥さんが元気なころはね、ちゃんと通ってたよ。奥さんと一緒にね、きれいな奥さんだったなぁ。奥さんが病気で亡くなって、立ち食いになったんだよ」
とのこと。
そうなのか、そんな歴史があったのか。
そして、いつも朝、外をのぞいていたオヤジさん、店に泊まっていたんだ。
また、お店に行ってみようと思った矢先、「ばとう」は閉店し、内装は改装されていった。
住所でいえば、台東区北上野1-9-13 高松ビルの一階だ。しばらくし、僕は「ばとう」の跡地に入ったクリニックに通うことになる。
上野なかのクリニックだ。
僕は45歳の時に糖尿病と診断され、病院には定期的に通っていた。糖尿病はすっかりいいのだけれど、高血圧や痛風の薬をもらうために通院していた。
最初は慶応大学病院、次は東京女子医大、そして台東区の永寿総合病院。
永寿病院井通っていたときに、こちらのクリニックを紹介された。
すでに僕は北上野から入谷に引っ越していたが、それでも永寿総合病院へ行くよりは近かった。
かつて、「ばとう」ののれんがあった場所が入り口だ。
今では月に1回のペースで通っている。
すっかり「ばとう」のことは忘れていたけれど、この原稿を書くことでいろいろと思い出してしまった。
ちょっと不思議な気分になった。
【引っ越しのお知らせ】
当サイトにて連載中の「トーキョー・レガシー・ワンダーランド」は、ピースオブケイクの運営するサイト「note」への引っ越しすることになりました。
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この連載について | |
初回を読む |
巨大都市・東京の発展の裏側で、かつての街並みは急速に失われている。 ノスタルジックで心に残る街並み、建築物、飲食店…。 真のレガシーを求めて、今日も裏路地を歩く。 |
【著者】
下関マグロ(しものせき・まぐろ)
フリーライター、町中華探検隊副隊長。本名、増田剛己。
山口県生まれ。桃山学院大学卒業後、出版社に就職。編集プロダクション、広告代理店を経てフリーになる。
フェチに詳しい人物として、テレビ東京「ゴッドタン」、J-WAVE「PLATOn」などにゲスト出演。
著書『下関マグロのおフェチでいこう』(風塵社)、『東京アンダーグラウンドパーティー』(二見書房)、『たった10秒で人と差がつくメモ人間の成功術』『まな板の上のマグロ』(幻冬舎)、『歩考力』(ナショナル出版)、『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』(共著、ポット出版)、『おっさん糖尿になる!』『おっさん傍聴にいく!』(共著、ジュリアン)、『町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう』(共著、リットーミュージック)など。
本名でオールアバウトの散歩ガイドを担当。テレビ朝日「やじうまテレビ」「グッド!モーニング」、テレビ東京「7スタライブ」「なないろ日和!」、日本テレビ「ヒルナンデス!」、文化放送「浜美枝のいつかあなたと」「川中美幸 人・うた・心」など、各種メディアに散歩の達人として登場する。
本名名義の著書に『思考・発想にパソコンを使うな』(幻冬舎)、『脳を丸裸にする質問綠』(アスキー)、『おつまみスープ』(共著、自由国民社)、『もしかして大人のADHDかも?と思ったら読む本』(PHP研究所)などがある。
電子書籍『セックスしすぎる女たち 危ないエッチにハマる40人のヤバすぎる性癖』『性衝動をくすぐる12のフェティシズム 愛好家たちのマニアックすぎる性的嗜好』『みるみるアイデアが生まれる「歩考」の極意 すっきりアタマで思考がひらめく40の成功散歩術』など。