トーキョー・レガシー・ワンダーランド【vol.45】幸楽@荻窪

巨大都市・東京の発展の裏側で、かつての街並みは急速に失われている。
ノスタルジックで心に残る街並み、建築物、飲食店…。
真のレガシーを求めて、今日も裏路地を歩く。
懐かしくて心惹かれる、うるわしの東京アーカイブズ。

2013年12月、僕と北尾トロは町中華をめぐろうと話していた。
といってもまだ具体的になにをどうするといったことは考えていなかったが、なんとなく2人とも頭に浮かんだのが荻窪の「新京」という町中華だった。

荻窪は僕が上京して最初に住んだ街だ。
その後、北尾トロと事務所をいっしょにやっていた。
それが南口で、時代は昭和が終わる少し前だった。

新京は僕、北尾トロ、事務所をいっしょにやっていた岡本くんと3人でよく行った町中華だった。
3人そろって出かけたのはこの店だけだった。
そんな新京を久しぶりに北尾トロと訪問したのが2013年12月。
その顛末などは「旧宅探訪 第8回 | 季刊レポ」に書いた。

なぜ3人でこの店に来ていたのかは壁の貼紙でわかった。
同じ定食を3人以上で注文するとちょっと豪華なスープが付いてくるのだ。
普通なら定食のスープと言えば、小さな器に入っている具材のないものだが、それが豪華スープとなると3人で通うことになったのだ。
そんなこともすっかり忘れていたのがおかしかった。

以来、僕と北尾トロは町中華をめぐり、2014年の12月。再び僕と北尾トロは荻窪駅南口にいた。
2014年の町中華めぐりのしめくくりとして荻窪を選んだのだ。

ちょっと南口をまわっただけでも、「中華マツマル」「あもん」「三ちゃん」「中華徳大」「幸楽」「新京」という店があった。
この中で行った記憶があるのは「新京」と「三ちゃん」だけだ。
さて、どこに入ろうか、北尾トロが逡巡しながら、何度も店を見て歩く、やっと決めたのが「中華徳大」。
僕も賛成して向かうと、なんと目の前でランチ終了の札が出された。それで仕方なく、「幸楽」へ行ったのだ。

たぶん、僕たちが荻窪にいた時期からやっているだろうと思われる外観だった。

表にある食品サンプルもどこか古びていた。北尾トロは「教科書通りの町中華」だと言った。
女性がひとりで切り盛りしている町中華だった。
僕たちのほかに客はいない。僕たちが滞在する間も他の客は来なかった。

北尾トロは玉子丼、僕は「しゆうまい定食」。
2人で「レバニラ炒め」をいただいた。
他に客もいないので、少し、店の話を聞いた。
以前はご夫婦でやっていらっしゃったのだそうだ。
お宅は別のところにあって、毎朝、ご主人は仕込みのため店に行き、いったん家に戻ってくるのが日課だった。
その朝は、夫がなかなか帰ってこないので、店に見に行ったら厨房で倒れていたのだそうだ。
夫が亡くなり、店を続ける気もなったのだけれど、周囲から励まされ再びお店を1人で始めたそうだ。

お会計をして、店を出た。
北尾トロはスマホで幸楽の店舗を撮影しながら、いい話が聞けたとしみじみ話した。そのあと喫茶店に行った。
町中華へ行き、そのあと喫茶店に行くことを北尾トロは「油流し」と言ったけれど、それは2013年12月に新京に行ったときに初めて口にした。

喫茶店を出て、荻窪駅の階段をのぼりながら、2014年の1年間、僕らもいろいろな町中華をめぐってきたけれど、来年は仕事にしたいねぇ、というようなことを話した。

翌年のはじめ、増山かおりさんが町中華探検隊に加入し、自然と北尾トロが隊長になり、僕が副長となった。
そして、2015年3月23日に再び幸楽を訪れた。
なんと、増山さんが『散歩の達人』の西荻窪・荻窪特集で町中華の企画を出し、それが通ったというのだ。
僕と北尾トロ、増山かおりさんで町中華探検隊として荻窪、西荻窪の町中華をめぐるという記事だった。

このとき、幸楽の女将さんは生き生きとしていた。
取材を受けることが嬉しそうだった。
このときの特集の最初の写真は幸楽のオムライス、餃子、ビールの写真だった。
その後、増山さんがテレビ朝日の朝の番組でいくつかの町中華をめぐるナビゲーターとして幸楽を紹介していた。
それによれば、幸楽さんのカレーライスのルウはおいしいと評判で近所の人が分けてくれとやってくるほどだということだった。
そうなのか、幸楽さんのカレーライス、ぜひ食べてみたいと思っていた。
そんな中、悲しい知らせが届いた。幸楽さんが閉店したのだそうだ。
この目で見ようと、先日荻窪へ行ってきた。

すでに什器などは撤去されていた。隣の自転車屋さんも営業を終了していたので、建て替えをするのかもしれない。

ああ、もう幸楽さんのカレーライスは食べられないのだね。
さびしいね。

幸楽さんの食べログはこちら
 
 

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当サイトにて連載中の「トーキョー・レガシー・ワンダーランド」は、ピースオブケイクの運営するサイト「note」への引っ越しすることになりました。

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この連載について

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巨大都市・東京の発展の裏側で、かつての街並みは急速に失われている。
ノスタルジックで心に残る街並み、建築物、飲食店…。
真のレガシーを求めて、今日も裏路地を歩く。

【著者】
下関マグロ(しものせき・まぐろ)
フリーライター、町中華探検隊副隊長。本名、増田剛己。
山口県生まれ。桃山学院大学卒業後、出版社に就職。編集プロダクション、広告代理店を経てフリーになる。
フェチに詳しい人物として、テレビ東京「ゴッドタン」、J-WAVE「PLATOn」などにゲスト出演。
著書『下関マグロのおフェチでいこう』(風塵社)、『東京アンダーグラウンドパーティー』(二見書房)、『たった10秒で人と差がつくメモ人間の成功術』『まな板の上のマグロ』(幻冬舎)、『歩考力』(ナショナル出版)、『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』(共著、ポット出版)、『おっさん糖尿になる!』『おっさん傍聴にいく!』(共著、ジュリアン)、『町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう』(共著、リットーミュージック)など。
本名でオールアバウトの散歩ガイドを担当。テレビ朝日「やじうまテレビ」「グッド!モーニング」、テレビ東京「7スタライブ」「なないろ日和!」、日本テレビ「ヒルナンデス!」、文化放送「浜美枝のいつかあなたと」「川中美幸 人・うた・心」など、各種メディアに散歩の達人として登場する。
本名名義の著書に『思考・発想にパソコンを使うな』(幻冬舎)、『脳を丸裸にする質問綠』(アスキー)、『おつまみスープ』(共著、自由国民社)、『もしかして大人のADHDかも?と思ったら読む本』(PHP研究所)などがある。
電子書籍『セックスしすぎる女たち 危ないエッチにハマる40人のヤバすぎる性癖』『性衝動をくすぐる12のフェティシズム 愛好家たちのマニアックすぎる性的嗜好』『みるみるアイデアが生まれる「歩考」の極意 すっきりアタマで思考がひらめく40の成功散歩術』など。