多田文明の「あやしい話」に乗ってみましたルポ【vol.3】エンゲージリング商法(1)「フミちゃん、って呼んでいい?」

 私は不健康な夜更かし生活を改めようと、10時半にはテレビを消して床についた。
 もう少しで眠りに引きこまれそうになった時、けたたましく電話が鳴った。
 受話器を取ると、聞き覚えのない女性の声が耳元で響いた。

 * * *

 「こんばんは!」
 「は、はい……?」

 私の眠りをさまさせようとする元気な声を出した。

 「あれ~寝てました? 突然の電話でごめんなさい。私はR社の佐藤(仮名)です。簡単なアンケートをお願いします! ところで、招待券送ったけど届いていますか?」
 「招待券?」

 布団から出るのが面倒なので、私は探すふりだけをして答えた。

 「え~、なくしちゃったの? だめじゃない! とっても大切なものだったのにい~」
 「す、すみません」

 彼女の勢いに押され、謝ってしまった。

 「まあ、いいわ。許してあげる。それでは、アンケート行きますね! 今、独身ですか?」
 「ええ」

 アンケートに同意した覚えはないが、彼女は勝手に質問を始めた。

 「恋人はいるんですか?」
 「特にいないけど」
 「ほんとにぃ~うふふっ!」

 彼女は私に恋人がいないとわかると、「うふっ」「あはっ」と男心をくすぐるような甘ったるい声を出し始めた。
 恐らく、長いあいだ女性との触れ合いがない人はクラッときてしまうに違いない。
 事実、彼女が2年間いない私がそうだった。

 「下の名前はなんていうの?」
 「文明です」
 「それじゃ、フミちゃんだね。そう呼んでいい?」
 「ああ」
 「ヤッター! フミちゃ~ん。うふっ!」

 電話の向こうでひとりはしゃいでいる。
 寝込みを襲われた私は彼女のペースに巻き込まれた。

 「フミちゃんは東京の人ですか?」
 「いいえ、宮城の出身ですよ」
 「うっそ~、私も大学がそこだったんですよ」
 「大学はどこ?」
 「S大です」
 「あの体育大学ですか」
 「知ってるんですか!」

 ちょっとしたきっかけから話は盛り上がった。

 「普段、お酒は何を飲むんですか?」
 「ビールやワインを飲みますね」
 「スッゴ~イ! ワインは白と赤どっちが好きですか?」
 「黒かな」
 「もう、やっだぁ~」
 「嘘、白です」

 彼女は私の心をつかもうとして、何を話しても驚いてくれる。
 それはわかっているのだが、話のウマが合うといつのまにか私も何やら楽しい気持ちになっていた。

 「休みは何をしているんですか?」
 「テニスかな」
 「スッゴ~イ!」

 サークルでコーチも時々しているというと、彼女の驚きはピークに達した。

 「うわ~!」

 失神してしまうのではないかと思うほどのリアクションである。

 彼女は私のハートをつかんだと確信したのだろう。
 素に戻ってこう切り出した。

 「ところで、もしフミちゃんが結婚するなら、ジミ婚とハデ婚どちらがいいですか?」

 ここまで、正体を聞かずに話をしてしまったが、彼女は結婚相談所のセールスレディか何かだろうか? そこで、どんな仕事をしているかを聞いてみた。

 「実は、私たちはエンゲージリングの新提案をしている会社なんです。それで、招待券送ったんですよ。私はテレマーケティングの者です」

 宝石の提案をするテレマ……いまひとつよくわからない。
 しかし、彼女は私に質問をする暇を与えず言葉を続けた。

 「今度、一緒に食事でもしましょうよ。それに、うちの宝石が置いてあるショールームにきてください。ねえ~」

 正体不明のテレマ女ではあるが、ミステリアスな存在ほどかえって私に興味を抱かせた。
 もしかすると、かなりの美人かもしれないし? 宝石購入の話をされる危険性は充分に感じてはいたが、彼女と話をしてみたい気持ちには勝てなかった。

 「いいよ」と私は返事をした。

 待ち合わせの時間と場所を決めると、

 「やったあ~! それじゃ、ちょっと待っててね」

 彼女は電話を保留にもしないで、どこかへ行った。
 戻ってくるなり、彼女は言った。

 「上司が話したいそうです。でも綺麗な人だから、口説いたりしちゃだめよ!」

 落ち着いた感じの女性が出てきて、彼女と約束をした場所と時間を確認させられた。
 上司が出てきて、電話内容を再確認する。
 これは彼女がまだ入社したばかりであることを示していた。

 再び彼女に変わった。

 「まさか、口説かなかったでしょうね。2日後に会うまで、浮気しちゃだめですよ~」

 なぜだかはわからないが、今日の1時間ほどの電話で、私は彼女の彼氏になってしまったようなのである。

 「それじゃあ、こんなに夜も遅くなってしまったので明日の朝、モーニングコールしてあげますね」

 彼女は朝6時に電話をかけることを約束して電話を切った。

 翌朝5時半に私は起きて、2年ぶりにかかってくるかもしれないモーニングコールを布団の上で待っていた。
 しかし、7時になってもかかってこなかった。
 まったくの嘘つきな女である。
 私の心は少しずつさめてきた。

BACK  NEXT

【著者】
多田文明(ただ・ふみあき)
ルポライター、キャッチセールス評論家、悪質商法コラムニスト。
1965年北海道生まれ。日本大学法学部卒。雑誌「ダ・カーポ」にて「誘われてフラフラ」の連載を担当。2週間に1度は勧誘されるという経験を生かしてキャッチセールス評論家になる。これまでに街頭からのキャッチセールス、アポイントメントセールなどの潜入は100ヵ所以上。キャッチセールスのみならず、詐欺・悪質商法、ネットを通じたサイドビジネスに精通する。
著書『ついていったら、こうなった』『なぜ、詐欺師の話に耳を傾けてしまうのか?』(以上、彩図社)、『クリックしたら、こうなった』(メディアファクトリー)、『崖っぷち「自己啓発修行」突撃記』(中公新書ラクレ)、『ついていったら、だまされる』(イースト・プレス)など。
電子書籍『悪徳商法ハメさせ記 新興詐欺との飽くなき闘争』『人を操るブラック心理術 「Yes」と言わせる交渉の鉄則32』など。

電子書籍を読む!