この項目の標題は北海道大学教授(アメリカ史専門)村田勝幸氏の文言をそのまま引いて標題とした。人種差別や宗教差別をはらんだ言動で当選してきたトランプを批判することは容易だが、そうした批判にはリスクを伴う。
筆者はそれを承知の上で、平気でトランプへの非難を言ったり書いたりしてきた。そうした非難は自らがエスタブリッシュメントでありエリートであるという意識の現れだとして非難される場合がある。トランプ支持者を心の底では蔑んでおり、アメリカ大陸内陸部の多くの民意を否定したことになるからだ。
筆者はそんなことは百も承知の上だ。中部西部の「白人」は自分が白人であるということだけが彼らのアイデンティティなのだ。彼らにエスタブリッシュメントやエリートの考えは判るまいとトランプ批判者は言っているように思われる。
しかし彼らに無理に共感することが適切なのだろうか。内陸部の白人労働者は、階級的には近い奴隷をルーツとする黒人とは手を組まず、自らの「白人アイデンティティ」にのみ頼って「奇妙な白人・トランプ」を選んでしまった。不平等な社会構造を改革するという可能性の芽を自ら摘んでしまったのだ。トランプが言う「見捨てられた白人労働者」「忘れ去られた人々」という言い分を無批判に鵜吞みにした結果、ポピュリズムが支配する政治を生んでしまったのだ。
アメリカ史について筆者に深い洞察があるわけでも何でもない。ただの直観だが、歴史の文脈に合わせれば危険なものを含んでいるように思う。これは何度でも言う通り、また誰でもいう通り、民主的憲法と言われていたワイマール憲法の下で選挙で選ばれたのがナチス党だ、という事実を思い出させる。
ヒトラーは民主的な憲法の下で選挙で選ばれた結果だったのだ。あの頃は第1次世界大戦後の極度の疲労とハイパーインフレでドイツ国民はポピュリズムの極致に立ったナチス政権を選んだのだ。ナチス政権は暴力革命やテロで生まれたのではない。民主的憲法の下で選挙で生まれたのだ。これを思えばトランプを非難することが批判者自らも批判されるというリスクがあることを承知の上で敢て続けなければならないであろうと思う。
「欧州の天地に一個の怪物徘徊す。共産主義なる妖怪である。……世界の資本家をして共産主義の元に震撼せしめよ。……万国のプロレタリアート団結せよ」
これは170年前マルクス、エンゲルスが「共産党宣言」の冒頭に述べた「欧州の天地に一個の怪物が徘徊する。共産主義という怪物である」というのを「一個の怪物、共産主義」を「トランプ大統領」に置き換えれば、そのまま当てはまり、「共産党宣言」の結語が「万国のプロレタリアート、団結せよ」で終わるが、トランプは(米国の東海岸側と西海岸側のエリート層・エスタブリッシュメント層はクリントンに票をとらせ、内陸の工業労働者・鉱業労働者・原油労働者の多くの票を集め)、「北米大陸のプロレタリアートよ、団結せよ」という手法で大統領にのし上がった、政治主導者・軍事主導者をともに未経験の、貿易実務も未経験の、不動産業者である。
妙な男を超大国の大統領に選んだのは「万国のプロレタリアートの団結」ならぬ「北米内陸部のプロレタリアートの団結」の結果であり、この意味において1848年の「共産党宣言」は170年の時を経て妙な形で現れた。そして「世界の資本家をして共産主義革命の前に戦慄せしめよ」というのは「世界のエスタブリッシュメント・エリート層・中間層をしてトランプの暴言・蛮行に戦慄せしめよ」となって現れた。
「欧州の天地に一個の怪物徘徊する」は「いま世界はポピュリズムとテロリズムという二匹の怪物が徘徊する」という文脈になって現れた。
トランプ政権が掲げる米国ファーストを標榜する政策はやがて米国自体の国力を低下させていくだろう。テロと大量の移民・難民の流入によって、これが欧州のポピュリズムと相乗効果をもたらし、世界はゆっくりと多極化していくであろう。このことは『アメリカ帝国の終焉~勃興するアジアと多極化世界』(進藤榮一著、講談社)が筆者のようなセンチメンタルな表現ではなく、理路整然と簡潔に描いている。
【著者】
山崎和邦(やまざき・かずくに)
1937年、シンガポールに生まれ、長野県で育つ。1961年、慶應義塾大学経済学部を卒業後、野村証券入社。1974年、同社支店長。同社を退社後、三井ホーム九州支店長に就任、1983年同社取締役、1990年同社常務取締役兼三井ホームエンジニアリング社長。退任後の2001年、産業能率大学講師として「投機学」講座を担当。2004年武蔵野学院大学教授。現在、武蔵野大学大学院教授兼武蔵野学院大学名誉教授。投資歴51年、前半は野村証券で投資家の資金を運用、後半は自己資金で金融資産を構築。晩年は投資家兼研究者として大学院で実用経済学を講義。ラジオ日経「木下ちゃんねる」、テレビ番組「ストックボイス」ゲストメンバー。
著書『常識力で勝つ超正統派株式投資法』『大損しない超正統派株式投資法』など。
電子書籍『4億円投資家直伝 実践 金儲け学 チャンスを逃さない投資の心得39』『スゴい投機家に学ぶ、金儲けの極意12』『名言に学ぶ金稼ぎ法則 世界の賢人が語るカネの真実40』『クソ上司の尻馬に乗る7つの美醜なき処世術 なぜ、イヤなやつほど出世が早いのか』『詐欺師に学ぶ 人を惹きつける技術 仕事に効く人付き合いのポイント44』『投機学入門』『投資詐欺』『常識力で勝つ 株で4倍儲ける秘訣 投資で負けない5つの心得』『会社員から大学教授に転身する方法 第二の人生で成功するための「たった3つ」の必勝ノウハウ』『株式投資の人間学 なぜ、損する株を買ってしまうのか』など。
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