投機の流儀 セレクション【vol.107】日銀の債務超過・上場廃止の恐れと黒田総裁の帯びる悲劇性

日銀の債務超過・上場廃止の恐れと黒田総裁の帯びる悲劇性

この件については「今は誰も言っていないが」と述べながら筆者が1年前から何度か本稿で述べてきた。
ところで、1月16日(水)の日本経済新聞のコラム「大機小機)」でまったく同じことが述べられている。以下引用する。
「株価下落によってバランスシートが最も傷つく日本の銀行は、日銀だ。日銀が保有するETFは昨年末時点の簿価で23.5兆円(筆者は既報で22兆円超と述べたと思うが、23.5兆円に修正する)。自己資本が8.4兆円(筆者が既報で8兆円と述べたが8.4兆円に訂正する)。だから、極めて高いリスク量である」。(以上、原文通り掲載)。
「時価が簿価を平均で4割弱下回ると日銀は債務超過に陥ってしまう」。(それでも日銀は民間銀行と違って破綻させることはない)。
「だが、通貨の発行を担う日銀が債務超過に陥れば、通貨価値の安定が損なわれるとの不安が国民の間に広がりかねない」。
「政府は日銀に公的資金を投じて増資を図るだろう★」。

★筆者註;「失われた13年」(90年~03年)において金融庁は銀行の破綻を防ぐために公的資金を世論に逆らって強制注入し、最後の2.2兆円がりそな銀行に注入された、あの時の世論の騒ぎを日銀に対してやろうとするのだ。その原資はもちろん税金である。それによると「失われた13年」の間に起こった国民の強い不安が日銀に対して為される。しかし、それを強行せねば債務超過になれば上場廃止もあり得る。この時に「通貨の番人」である中央銀行が債務超過で上場廃止となれば、国民の不安と海外からの見方はどんなものだろうか。

これはデフレ脱却の使命を帯びた黒田総裁がリスクを承知の上で「いつ何時でも」「躊躇なく」「あらゆる手段を使って」「兵力の小出しをせずに一挙に投入する」と連発して敢行した金融政策の結果である。当時(アベノミクス相場の青春期相場のあと)米フォーブス誌が「世界に一番影響力を与える男」を掲載したところ、1番がプーチンで4番が黒田総裁だった。80円そこそこで低迷していたドル円相場は、一気に125円を目指した。アベノミス始動期に8,665円だった日経平均は、一挙に8割を半年で上昇した。この時黒田総裁は「英雄」だったのだ。
ところで筆者は一昨年年末、ジャーナリスト嶌信彦氏他著名評論家とパネルディスカッションした時の基調講演で筆者が、日銀と黒田さんのことを語り、黒田総裁を「英雄の末路、憐れむべし」と言って、平維盛・源義経・織田信長・坂本龍馬・シーザー・ナポレオン等を挙げて、洋の東西を問わず英雄の末路は悲劇に終わると言って黒田総裁の退き際を同情したことがある。日銀の将来と黒田総裁の将来について「今は誰も言わないが」と今まで何回も述べてきたが、1月16日付の日経新聞がようやくコラムに書いてくれた。

ところで、日銀が買い続けたETFは中央銀行の組織を脅かす大きなリスクだが、国債と違って償還がない。よって、ETFはいつか売却しない限りは日銀の貸借対照表から永久に消えない。そこで将来日銀はETFを市場で(市場を壊さないように配慮しながらも)売却していかねばならないことになる。これについて売却額としては年間3000億円という考えをしめしたことがかつてあった。そうすると先に述べたように今23.5兆円を保有しているのだから、売却完了までに80年という膨大な期間を要する。

そこでこれはあまりに現実的ではないので日銀が保有する巨額のETFを他の期間に移し替えることを考えねばならない。つまり、「トバシ」だ。国家機関が真昼間に堂々とやってのける「トバシ」である。2002年に特別法に基づいて設立された銀行等保有株式取得機構がそのモデルだ。かつて64年オリンピックの年の株式買い取り期間であった日本共同証券及び「昭和40年不況」のときの株式買い取り機構の証券保有組合と同じ発想のモデルである。「公営トバシ」の受け皿だ。

中央銀行の出口戦略と気軽に言うが、日銀のそれはFRBやECBのそれとは違って自己資本の3倍近い巨額なリスク資産を保有している。日経のコラムには述べていないが、他に400兆円超という自己資本の50倍の国債を持っている。日本の国債は90%以上が国内で保有されているから下がらないのだという迷信があるが、これはあくまでも「迷信」である。古い話しだが、日本国債が暴落したこともある。株価が調整色を強める中で日銀の出口戦略すら語ってはならないときにETFの売却などとトンデモナイことを言うが、いずれは処理しなければならないリスク資産ではあろう。

日銀が出口戦略を開始できる時期は既に過ぎ去ってしまった恐れもある。そうすると19年から20年に訪れると懸念される米景気の後退局面に直面する。その中でFRBは「利上げ休止」どころではなく「利下げ」へと金融政策を転換するしかない→当然に日米金利差は縮小→円安を支える力の一つたる金利差がなくなるということは円高に直結する→日本の景気後退面に直面しても日銀が打てる金融緩和策は限定される(既に現在がゼロ金利なのだから)。そうこうしているうちに16年に始めたマイナス金利政策は銀行の収益構造を圧迫し続けてきたという副作用が続いてきた。

金融政策とは別に実弾でもって株価を買い支えるというETF購入を拡大するという手もある。しかし、株式市場に日銀が介入していることは価格形成をゆがめているのに、これをなお拡大するということになる。市場が株価を通じて企業経営を監視するという機能が「日銀の実弾」によって損なわれる。こういう副作用も実はある。表面上に現れた銀行の利益構造の悪化、特に地銀の軒並み赤字という副作用以外に市場全体に及ぼす副作用があり得る。今一番難局に直面しているのはトランプ政権よりも日銀であろう。これは黒田総裁が悪いわけではない。デフレ脱却という国を挙げての大目的に邁進したからである。

古い話しで恐縮だが、東条内閣の時に大蔵大臣を務め、戦時予算を支えた
かやおきのり賀屋興宣氏に対してさえも、(筆者に言わせれば、戦勝国が一方的に決めるという東京裁判でさえも)戦犯には問われなかった。国家の大目的に資するための大蔵大臣は、時の国家の最高権力者が戦争犯罪に問われて絞首刑になっても東京裁判では戦争犯罪に問われなかった。戦勝国が一方的に決めた東京裁判というものを筆者は必ずしも信用していないが、この点だけは正しかったのではなかろうか。同じ判断基準で黒田総裁に罪はない。

ただ、日本株式市場が青春期相場に沸いていた最中、アメリカの米フォーブス誌のアンケートで「世界に最も影響を与える人物」を挙げたところ、1番がプーチンで黒田総裁が世界で4番目だった。安倍首相は十何番目だった。相場の心を良く熟知し、口先一つで株式相場を上げ円安を導き「対外的建前」はデフレ脱却のため華々しい効果をあげた当時の黒田総裁は英雄視された。しかし「英雄の末路憐れむべし」という歴史観が筆者にはある。古くは古代カルタゴのハンニバル将軍、古代ローマのシーザー、近世のナポレオン、平維盛、源義経、織田信長、坂本龍馬等々すべて悲劇で終わっている。「英雄の末路憐れむべし」ということは、将来黒田総裁は国賊視され、日銀の出口戦略を不能にさせた男、地方銀行を経営難に陥れた男とされ、100年近く経っても「嵐に向って窓を開けた男」と非難される井上準之助日銀元総裁のようにならねばよいがと筆者は思っている。このことは一昨年暮れに行ったパネルディスカッションでも述べさせてもらった。

【今週号の目次】
(1)悲観心理の修正が進んだ先週――週明けは買い先行から高く始まろう
○「クジラ幕相場」のアノマリーから言えば…
(2)中勢的・大勢的な株価の先高期待は急速にしぼんでいる
(3)波乱の2019年、景気シナリオ
(4)米利上げ停止=円高リスクの浮上
(5)中国の経済政策への期待と日本企業のRI
(6)世界経済は緩やかに減速
(7)米FRBの金融政策に振り舞わされるNY市場、日本円、新興国通貨
○「FRBの利上げ停止」と「円安維持の停止」との関係
○米FRB利上げ観測の後退で新興国通貨全般が急速に戻った
○トルコリラ(1月17日情報)
(8)欧州事情
(9)英国のEU離脱、混迷
(10)国家機関が為替相場に介入すると国際的に大いに非難を受けるが株の
買い支えはどこからも非難はない
(11)米の「財政のガケ」
(12)原油価格1ヶ月ぶり50ドル台を回復――トランプは期せずして産油世界一という強力なカードを持つことになった。
(13)米政治の不安は基本的にはドル安を招き円高を招くことになる
(14)来年の大統領選はトランプ再選
(15)日銀の債務超過・上場廃止の恐れと黒田総裁の帯びる悲劇性
(16)リスクと不確実性
○不確実性指数
(17)亥年縁起
(18)日経ヴェリタス紙の特集
(19)「(1月11日まで)東電4万株お持ちだったA様」との交信(1月12日)
蛇足 投機家列伝(4)歴史は決して繰り返さないが…

【重要なお知らせ】
「まぐまぐ!」でご好評いただき、殿堂入りの誉れを賜った「投機の流儀」ですが、このたびピースオブケイクの運営するコンテンツサイト「note」にも掲載する運びとなりました。
それにあたり、あらためて自己紹介代わりにインタビューをしていただきました。
ぜひともご笑覧ください。

なお、デンショバでの連載は、ピックアップ記事として継続することになっています。
引き続きのご愛読、どうぞよろしくお願いいたします。

BACK  NEXT

この連載について

初回を読む
半世紀にわたる実践投資で得たリターンはおよそ5億円。
博識ゆえ、哲人投資家といわれる著者が実践する、普通の人では看過してしまう独自の習慣とは?どんな相場でも負けない、投資の行動原則とは?
有料メルマガ「まぐまぐ」のマネー部門第1位!
不動の人気を誇る週報「投機の流儀」から、投資に役立つ貴重なセンテンスをセレクト!

【著者】
山崎和邦(やまざき・かずくに)
1937年、シンガポールに生まれ、長野県で育つ。1961年、慶應義塾大学経済学部を卒業後、野村証券入社。1974年、同社支店長。同社を退社後、三井ホーム九州支店長に就任、1983年同社取締役、1990年同社常務取締役兼三井ホームエンジニアリング社長。退任後の2001年、産業能率大学講師として「投機学」講座を担当。2004年武蔵野学院大学教授。現在、武蔵野大学大学院教授兼武蔵野学院大学名誉教授。投資歴51年、前半は野村証券で投資家の資金を運用、後半は自己資金で金融資産を構築。晩年は投資家兼研究者として大学院で実用経済学を講義。ラジオ日経「木下ちゃんねる」、テレビ番組「ストックボイス」ゲストメンバー。
著書『常識力で勝つ超正統派株式投資法』『大損しない超正統派株式投資法』など。
電子書籍『4億円投資家直伝 実践 金儲け学 チャンスを逃さない投資の心得39』『スゴい投機家に学ぶ、金儲けの極意12』『名言に学ぶ金稼ぎ法則 世界の賢人が語るカネの真実40』『クソ上司の尻馬に乗る7つの美醜なき処世術 なぜ、イヤなやつほど出世が早いのか』『詐欺師に学ぶ 人を惹きつける技術 仕事に効く人付き合いのポイント44』『投機学入門』『投資詐欺』『常識力で勝つ 株で4倍儲ける秘訣 投資で負けない5つの心得』『会社員から大学教授に転身する方法 第二の人生で成功するための「たった3つ」の必勝ノウハウ』『株式投資の人間学 なぜ、損する株を買ってしまうのか』など。

電子書籍を読む!

amazon kindle   楽天 kobo