トーキョー・レガシー・ワンダーランド【vol.6】四谷駅四ツ谷口

巨大都市・東京の発展の裏側で、かつての街並みは急速に失われている。
ノスタルジックで心に残る街並み、建築物、飲食店…。
真のレガシーを求めて、今日も裏路地を歩く。
懐かしくて心惹かれる、うるわしの東京アーカイブズ。

* * *

かつての三大貧民窟のひとつ

1996年から2004年頃まで、四谷に住んでいた。
きっかけは、四谷在住の知り合いが、ルームシェアしていたひと部屋が空いたので、入居しないかという誘いだった。
誘われるままにそうしようかと思ったが、他人と一緒に住む自信がなくなり、ふと四谷の不動産屋で物件を見たら、それまで住んでいた明大前とそんなに家賃が変わらない。
何度か足を運ぶうちに四谷に住みたくなり、引っ越したという次第だ。

最初は、若葉というところで、四谷駅から信濃町駅の間、谷底のような場所だった。
若葉という取ってつけたような地名は、かつて「鮫ヶ橋」といって、江戸時代は三大貧民窟のひとつだった。
もちろん、僕は引っ越した時期はそういった面影はまったく残っていなかった。

信濃町駅が近いということで、創価学会の人が多かった。
引っ越してすぐ、近所の人がやってきて聖教新聞をとらないかと勧誘されたりしたものだ。
また、信濃町駅方向へ歩くと、青いスーツを着た創価学会関係者に「どこへ行かれますか」と職務質問のようなことをされた。
また、スタジオが近くにあったようで、歩いていると後ろから「サザエ」さんのマスオさんと波平が世間話をしている会話が後ろから聞こえてきて、驚いたりもした。

そんな若葉に2年ほど住み、その後、新宿通りを越え、本塩町という住所へ引っ越しをした。
今もある雪印の本社の手前を右に曲がり、少し歩いた場所にある四谷コーポラスという建物に住んでいた。

2000年に雪印が食中毒事件を起こしたときは、マスコミをはじめとして、様々な人々や団体が会社の前にいた。

三栄通り

そんな本塩町に住んでいたころの画像はけっこう残っている。

この原稿を書こうときっかけの画像がこちら。
2000年12月31日、つまり20世紀最後に撮影したものだ。

場所は四谷駅から外堀通りを少し市ヶ谷方向い歩いた場所。
写真の左側が三栄通りという通りの入り口になる。
この角のビルが建て替わったんだ、それを見に行こうという気になった。
その結果は驚愕のものだったが、それは後にして、もう少し前の画像を見てみよう。

前の年の画像。
もう少し左寄り。
1999年5月6日の画像だ。
まさにレガシー散歩らしい一枚といっていいだろう。

三栄通りの入り口。
右側に見えるのが、コージーコーナー。
左側が、なんと今はなき「第一勧業銀行」。現「みずほ銀行」だ。
ちなみに第一勧業銀行を使っていて、まだネットバンキングも普及していない時期だったので、いろいろな振り込みのために銀行を訪れた。

ここには出さないが、当時の通帳などを撮影していた。
なんとキティちゃんの通帳を使っていたのが、なんとも懐かしい。

外堀通り

本塩町に引っ越したばかりのころ、外堀通りで駅から家の間は、まだ道路の拡張工事をやっていた。
それがやっと落ち着いてきたのがこの時期だ。

以前はこのあたりには普通の民家もけっこうあって、立ち退きをした人たちも多くいたようだ。

1999年10月3日の画像を見ていただこう。
わかりづらいかもしれないが、外堀通りだ。
セブンイレブンの前の道が広くなっている。
僕が本塩町に引っ越してきた前年は、まだ拡幅部分がフェンスで囲まれているときで、前の様子がわからないので、なんだか変な道だなと思いながら歩いた。

白いフェンスはなんだか圧迫感があって、いやなので、外堀通りではなく、三栄通りから日本盲人職能開発センター前の階段を通るルートを選択していた。

それがいつしか、外堀通りの拡幅部分のフェンスがはずれ、歩道となった。
まだ車は通っていなくて、広々としていた。

パイプが張り巡らされていて、車道と歩道が区別されていたけれど、それでもフェンスで区切られている時よりもよかった。

下の写真は、ボサノヴァ歌手の小野リサの父親が経営する「サッシ・ペレレ」というブラジル料理のお店で、フェンス時代は通路がお店の前まで続いていた。

このお店、一度は行きたいと思いながらもついにいけなかったお店だ。
家からはとても近く、いつでもいけると思っていたせいだろうか。

2017年9月11日に訪れたとき、普通に道沿いにこの店があった。

入り口があるだけで、お店は地下なんだね。

が、しかし、一番驚いたのは、三栄通りから、「サッシ・ペレレ」の手前までの一帯が、また再開発されていることだった。
昔と同じように白いフェンスで囲まれているではないか。

三栄通りの入り口だ。
右側のフェンスは、まさにかつてビルがあり建て替えられそういなっていたところ。
左側、かつて第一勧業銀行だった場所は、みずほ銀行になり、いまはファミリーマートだった。

もちろん、今後もこの界隈はウォッチしていくよ!

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この連載について

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巨大都市・東京の発展の裏側で、かつての街並みは急速に失われている。
ノスタルジックで心に残る街並み、建築物、飲食店…。
真のレガシーを求めて、今日も裏路地を歩く。

【著者】
下関マグロ(しものせき・まぐろ)
フリーライター、町中華探検隊副隊長。本名、増田剛己。
山口県生まれ。桃山学院大学卒業後、出版社に就職。編集プロダクション、広告代理店を経てフリーになる。
フェチに詳しい人物として、テレビ東京「ゴッドタン」、J-WAVE「PLATOn」などにゲスト出演。
著書『下関マグロのおフェチでいこう』(風塵社)、『東京アンダーグラウンドパーティー』(二見書房)、『たった10秒で人と差がつくメモ人間の成功術』『まな板の上のマグロ』(幻冬舎)、『歩考力』(ナショナル出版)、『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』(共著、ポット出版)、『おっさん糖尿になる!』『おっさん傍聴にいく!』(共著、ジュリアン)、『町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう』(共著、リットーミュージック)など。
本名でオールアバウトの散歩ガイドを担当。テレビ朝日「やじうまテレビ」「グッド!モーニング」、テレビ東京「7スタライブ」「なないろ日和!」、日本テレビ「ヒルナンデス!」、文化放送「浜美枝のいつかあなたと」「川中美幸 人・うた・心」など、各種メディアに散歩の達人として登場する。
本名名義の著書に『思考・発想にパソコンを使うな』(幻冬舎)、『脳を丸裸にする質問綠』(アスキー)、『おつまみスープ』(共著、自由国民社)、『もしかして大人のADHDかも?と思ったら読む本』(PHP研究所)などがある。
電子書籍『セックスしすぎる女たち 危ないエッチにハマる40人のヤバすぎる性癖』『性衝動をくすぐる12のフェティシズム 愛好家たちのマニアックすぎる性的嗜好』『みるみるアイデアが生まれる「歩考」の極意 すっきりアタマで思考がひらめく40の成功散歩術』など。