多田文明の「あやしい話」に乗ってみましたルポ【vol.5】エンゲージリング商法(3)「いつまで殻に閉じこもってんのよ!」

 それは、イニシャルを入れる、ペンダントから指輪に加工する費用は無料、などというものだったが、4つ目の特典が宝石購入の殺し文句だった。

 「そ・れ・で、4つ目の特典は、ひとりひとりに担当者がつくんです。さあ~、フミちゃんの担当は誰でしょう?」
 「さあ?」
 「なんと、私、佐藤なんです! 出会いって大切ですよね。これから、ず~っとフミちゃんの担当になりますから。これからも、個人的なことも何でも相談して親しい関係でいましょうね」

 まるで一生の伴侶として、私と一緒に人生を歩みたいと言わんばかりの口ぶりである。
 もしかすると、本当にこのまま彼女との結婚もあるかもしれないと、私は思った。

 しかし彼女との結婚を夢見る前に、問題はこの宝石の値段である。
 再び聞いてみた。

 「ところで、これはいったいいくらなんですか?」
 「このペンダントは、この店でいちばん高いもので、140万円なんです」
 「ひゃく……よんじゅうまんえん」

 私は思わず、値段をそらんじた。
 あまりの金額に、結婚の思いなどどこかに吹き飛んでしまった。
 彼女は月2万円の5年ローンの話しをしていたが、もう私の耳には届かなかった。

 私は逃げるように、他の宝石に目を泳がせた。
 とにかく、安そうなものを指さすことにしたのである。

 「これなんか、どうかな? 私に似合うような気がするけど」

 彼女は聞く耳もたいない様子で「いいえ、それはあなたには似合いません」ときっぱりとした口調で否定した。
 140万円の宝石を売りつける彼女に、私は「高すぎる」の言葉を何度も繰り返し、必死の抵抗を試みた。

 30分ほどの押し問答が続き、彼女はようやく諦めた様子で「ちょっと待ってて」と奥の部屋に引っ込んでいった。

 彼女は戻ってくるなり「実は、さっきフミちゃんの指さした宝石は、うちの社長のお勧めのひとつでした! 前の宝石の半分くらいの値段ですよ」
 彼女はそのネックレスを私の首に下げて「似合ってますね!」
 さっきとは正反対の言動に、もはや呆れるしかなかった。

 奥の部屋には彼女の上司がいて、逐一「これを売れ」「こっちは売ってはいけない」と指示しているのであろう。
 行き来する彼女が、安達佑美似のただの販売ロボットに思えてきた。

 「どうですか?」と質問されても「ん~」と私は覇気のない返事を繰り返した。
 彼女はついに奥の手を出してきた。

 「この宝石には、私がついてくるんですよ! 買いましょう。買いましょうよ! この後、早く一緒に食事しましょう」

 この指輪とともに私をも、夜の街に持ち帰ってくれと言わんばかりだった。
 この言葉に一瞬、私の心はぐらついた。
 が、何とか冷静さを取り戻して答える。

 「もう少し時間をください。後日改めて回答しますから」

 彼女は「ダメです。対面販売をしているのですから、今、買うかどうかを決めてください」

 今までとトンと異なる強気な言葉に私はカチンときた。

 「……そんなこと言うなら、今は買えませんよ」
 「それじゃあ、これから、フミちゃんのお小遣いチェックをし直しましょう」

 人の小遣いをチェックするだと! 私は人から金銭面で干渉されるのは嫌いなたちなので、「もういいよ!」と立ち上がった。

 帰ろうと店の階段を降り始めると、彼女は追いかけて私の背中越しに怒鳴り声を上げた。

 「いつまで殻に閉じこもってんのよ! 本音で話してよ。本音で!」

 これまでの猫なで声から一転、攻撃的な声に変だった。
 これが本性なのだろう。

 今回は未熟な勧誘員で助かったが、これがベテランの女性だったら、かなり危険だった。

 こうした色仕掛けを利用したセールス、いわゆるデート商法は、宝石のみならず、英会話勧誘や、会員制クラブ、はたまた、宗教勧誘にも用いられている。
 恋愛感情を弄ぶことによって、その後殺傷事件などの悲惨な結末に至っていることもある。
 最近はSNSサイトなどを通じてアポイントを取り、対面販売をすることもあり、切ない話である。

 〈教訓〉
 金で結ばれた恋愛感情は金ともに終わりを迎える。
 これがエンゲージリング商法の結末である。
 辛いかもしれないが、抱いた淡い恋心は勧誘場所に捨ててこよう。
 なかなかこの問題は一人では解決できないもの。
 もし被害に遭った場合には、消費者センターに相談の電話をしよう。

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【著者】
多田文明(ただ・ふみあき)
ルポライター、キャッチセールス評論家、悪質商法コラムニスト。
1965年北海道生まれ。日本大学法学部卒。雑誌「ダ・カーポ」にて「誘われてフラフラ」の連載を担当。2週間に1度は勧誘されるという経験を生かしてキャッチセールス評論家になる。これまでに街頭からのキャッチセールス、アポイントメントセールなどの潜入は100ヵ所以上。キャッチセールスのみならず、詐欺・悪質商法、ネットを通じたサイドビジネスに精通する。
著書『ついていったら、こうなった』『なぜ、詐欺師の話に耳を傾けてしまうのか?』(以上、彩図社)、『クリックしたら、こうなった』(メディアファクトリー)、『崖っぷち「自己啓発修行」突撃記』(中公新書ラクレ)、『ついていったら、だまされる』(イースト・プレス)など。
電子書籍『悪徳商法ハメさせ記 新興詐欺との飽くなき闘争』『人を操るブラック心理術 「Yes」と言わせる交渉の鉄則32』など。

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