多田文明の「あやしい話」に乗ってみましたルポ【vol.4】エンゲージリング商法(2)使えるお金は、いくらですか?

 2日後、地下鉄T線のM駅で彼女に会った。
 彼女は28歳くらいで、顔はどことなく安達佑美に似ていた。
 彼女は宝石のショールームに私を連れて行き、水槽の横の席に座らせた。
 広い室内だが、私の他に客は誰もいなかった。

 「今日は、私たち2人の貸し切りですよ。はい、私の名刺!」

 そこにはブライダル事業部と書かれていた。

 「ジャ~ン!」

 彼女は自分の口で効果音を出しながら、パンフレットを取り出し「information」の文字を指さした。

 「さあ、この英語はどんな意味でしょう?」
 「情報」
 「すっごい、当たり~!」

 手が壊れるのではないかと思うくらいに彼女は拍手をした。

 次に彼女はパンフレットを開き質問をした。

 「私たちの本店はここにあります。
 さあ~、私はどこの部署にいるでしょう?」
 さっき、名刺に書いてあったはずである。
 少し馬鹿にされたような気分になりながらも答えた。

 「ブライダル事業部」
 「当ったり~」

 またもやパチパチと拍手。
 この後も、彼女はどんな小さなことも褒めまくった。
 初来場した人の気持ちをよくするため褒める。
 これは対面販売の手法であるが、彼女の場合は、あまりにも度が過ぎてわざとらしかった。
 こうなると相手の気持ちを冷ましてしまい逆効果である。

 「ハネムーンはどこへ行きたいですか?」
 「ヨーロッパかな?」
 「それじゃあ~、結婚資金ってどのくらいかかるかわかりますか?」
 「いいえ」
 「800万円くらいです。そのうち、エンゲージリングは普通150万円くらいですよ! 私たちの商品は雑誌にも載っているんです。このタレントさんご存じ?」

 彼女はあるファッション雑誌をひらき、宝石を身につけている有名女優を指さした。

 「ええ」
 「この人はうちの専属タレントなんで、身につけているのが、うちの商品なんです!」

 次のページをめくると、有名男性タレントKがダイヤ入りのペンダントをしていた。

 「素敵でしょう! これもうちの商品です」

 世の中に広く知られている宣伝物を使い、自分たちの会社が信頼あるところと思わせた上で、彼女は最も重要な「宝石の新提案」を切り出した。

 「まず、フミちゃんがこのペンダントを身につけます。結婚相手が決まったら、そのペンダントのダイヤモンドをエンゲージリングにはめ代えるんです。なぜ、薬指にリングをはめるか知っていますか?」
 「いいえ」
 「昔から、静脈が薬指から心臓まで伝わっているといわれているんですよ。男性は胸にペンダントをつるす。胸……心臓、すなわち心に近いあたりにそれをしておいて、長く身につける。その後で心をこめた宝石をリングに作りかえて、結婚相手の薬指に宝石をつけてあげるんです。よく、卒業式で第2ボタンをあげたりするでしょ。あれも『心臓に近い=心がこもっている』という、同じ意味なんですよ」
 「ほう~」
 「どうですか? 私たちの提案をご理解頂けましたか?」
 「ええ」

 すると、いきなり彼女は私の手を握った。

 「ありがとうございます!」

 彼女はものも言わず、じっと私の目を見つめた。
 これほど真剣な眼差しで女性から見つめられたことが、今までにあっただろうか? 私の胸は高鳴り、彼女を抱き締めたい気持ちにさえなった。
 いやいや、初対面でそれはいけない。
 私は思わず握られた手を離した。

 すると、彼女は不機嫌な顔をした。

 「冷たいなあ~、もう離すんですか」

 男として情けないと言われた気分である。

 「わかったよ」

 私はもう1度握り直した。
 よし、こうなったら、どっちが手を先に離すかガチンコ勝負だ! ……と思っていると、1分ほどして彼女は手を離した。
 私の手には彼女のぬくもりが残っている。
 かなりマズイ情況である。
 その動揺ぶりを見てとった彼女は「それじゃ、商品を見せますね」
 ショーケースからネックレスを出した。
 握手したその手で首に下げてくれた。
 そして私の顔にぴったりと頬をつけ、鏡を覗きこんだ。

 「どうです? 素敵でしょう?」
 「うん。なかなかいいんじゃないかな」

 彼女の熱い息がたびたび耳元にかかるたびに、恋人と買い物をしている気分になった。
 彼女はダメを押すように何度も手を握り、私たち2人は見つめあった……。

 気になるのがこの宝石の値段である。

 「ところで、いくらくらいなの?」
 「ちょっと待っててね」

 彼女は奥の部屋へ消えていった。
 私はドキドキしながら待った。
 20万円くらいなら……自分の貯金で何とかなるかもしれない。
 これから彼女と恋人同士になれるなら安いものだ。

 彼女は戻ってきた。
 値段を言うかと思えば違った。

 「ふだん、月に自由に使うお金はいくらですか?」と質問をしてきた。

 「2~3万位かな?」

 それを聞いた彼女は購入可能と判断したのあろう。
 笑顔で「じゃ~ん!」。
 口で効果音を奏でた。

 「今、ペンダントをご購入頂くと、特典が4つもついてくるんです!」

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【著者】
多田文明(ただ・ふみあき)
ルポライター、キャッチセールス評論家、悪質商法コラムニスト。
1965年北海道生まれ。日本大学法学部卒。雑誌「ダ・カーポ」にて「誘われてフラフラ」の連載を担当。2週間に1度は勧誘されるという経験を生かしてキャッチセールス評論家になる。これまでに街頭からのキャッチセールス、アポイントメントセールなどの潜入は100ヵ所以上。キャッチセールスのみならず、詐欺・悪質商法、ネットを通じたサイドビジネスに精通する。
著書『ついていったら、こうなった』『なぜ、詐欺師の話に耳を傾けてしまうのか?』(以上、彩図社)、『クリックしたら、こうなった』(メディアファクトリー)、『崖っぷち「自己啓発修行」突撃記』(中公新書ラクレ)、『ついていったら、だまされる』(イースト・プレス)など。
電子書籍『悪徳商法ハメさせ記 新興詐欺との飽くなき闘争』『人を操るブラック心理術 「Yes」と言わせる交渉の鉄則32』など。

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